医者の嘘
「直江先生! おかしいとは思わないんですか、先生。
医者が、患者の病状について、嘘の会見を行うなんて。
そりゃ僕だって、なにも宇佐美繭子が男と揉めて、刺されたことまで言えなんて言いませんよ。
医者がそれを憩室炎だなんてごまかすべきじゃない。きちんと腹部の外傷であると言うべきです。
これは医者の信用に関わる問題ですよ、先生」
「ご心配いただいてありがとうございます。でも彼女は僕の患者です。口出しはしないでください」
「あなたが嘘をつくことで、またみんなが振り回されることになるんですよ。
あなた、そういうこと考えないんですか。
あの女優さえよければ、周りにどんな迷惑がかかってもかまわないっていうんですか。先生!」
「宇佐美繭子は憩室炎です。主治医の僕が言ってるんですから、間違いありません」
プライド
「でもこれって、どう見ても内部の人間が撮ったものよね」
「そう。それがまた面倒な問題です。こんなときには物事は、悪いほうに悪いほうに転がっていく。
先生、これもあなたが、宇佐美繭子にこだわり続けてきた結果です。おわかりですね」
「しかし、私たちは今まで何をしてたんでしょうね。なんだかばかばかしくなる。
自分の地位や名誉を守るだけの、女優のわがままに振り回されたあげくが、これですからね」
「名声への執着心は、まるで阿修羅のごとく。怖いですね、芸能界は」
「…そうでしょうか。自分の名誉を守ろうとすることがいけないことですか。
生きていることにプライドを持ち、それに執着することがいけないことですか。
私は、生きることに鬼のようになれる彼女の強さを、美しいとさえ思い、尊敬しています。
…仕事がありますので、失礼します」
謹慎
「人間な、そんな簡単に死ねねえんだよ! 死ねねえんだ!」
「やめろ! どうかしてるぞ!」
□ □ □
「すみませんでした。僕の、戸田くんへの監督不行き届きから騒ぎを大きくしてしまいました」
「そうでしたか。しかし、医者が患者を殴ったのはまずい」
「はい」
「あなた、明日から、謹慎1週間」
「院長、それは厳しすぎるんじゃ」
「院長命令です。以上」
「失礼します」
「あの…、大丈夫でした?」
涙
「で、何の用だ」
「伝言が、ふたつあって。宇佐美さんと、次郎から。
宇佐美さんは、今日病院で会見をして、男の人のことも全部話しました。
それから、次郎も。…聞いてます? 先生」
「そんなつまんないことでわざわざ来たのか」
「つまらないって…。つまらないことですか? 次郎も、宇佐美さんも、先生のおかげでもういちどやり直そうって。
そう思ったから私に。なのに先生はつまらないって。謹慎になったやけ酒かなんか知りませんけど、
そういうふたりの気持ち、つまらないってないんじゃないですか」
「返せ」
「返しません。いったいどうしちゃったんですか、先生!
私の知ってる先生は、こんなんじゃなくて、
そりゃ最初に病院に来たときは、驚いたし、何考えてる人だろうって思ったけど、
でも、石倉さんのこととか、宇佐美さんのこととか、ちゃんとわかってて、
そういう先生のそばにいて、私、すごくたくさん教えてもらうことがあって、
私、私、先生のこと尊敬して、すごいなあって思って。
それなのに、今日の先生は、いつもの、ほんとうの先生と、あまりにも違うじゃないですか」
「君は僕の何を知っているというんだ」
「それは…、だから…。
もうやめてください。こんな飲み方してたら、体こわします」
「帰れ」
「…」
「帰れって言ってるだろう」
「三樹子さんだったら、先生のこと助けられるんですか」
「…帰れ」
「なんで戻ってきた」
「先生が、消えちゃいそうな気がして」
「先生…?」