タンポポ

 

 

「あるんですね、冬でもタンポポ」

「ずっと探してたのか」

「ええ。あ、でもそんなずっと…クシュン」

「風邪ひくぞ。それでなくても、看護婦少ないんだ」

 

   □   □   □

 

「いいんですよね、これで。私、これからもこうやって…」

「さっきの石倉さんの笑顔のために、君はあの花を探した。…それでいい」

「はい」

「いい場所に置いてあげたな、タンポポ。青空と似合ってた」

 

 

 

オセアノート

 

 

「先生。直江先生。特別室の患者さんがお呼びです」

「もう上がる時間じゃないのか」

「宇佐美さんの記録書きとかありましたし。いろいろ忙しいんです。

こうやって先生のこと探してる場合じゃありませんから。先生!」

「少しぐらい待たせておけばいい」

「…」

「なにふくれた顔してるんだ」

「もともとこういう顔です」

「少しぐらい待たせておけばいい」

 

「まだいたのか」

「お疲れさまです。今、特別室見てきました。だいぶ、落ち着いてきたみたいです」

「そうか」

「失礼します」

「このあと、時間あるのか」

「え?」

 

    □   □   □

 

「こういう顔してる川もあるんだ」

「顔?」

「私、川とは友達なんです」

「…」

「変ですか?」

「いや、別に」

「あ、でも、やっぱり変ですよね」

 

 

「あの、ここへはよく来るんですか」

「たまにな」

「そうですか」

「…川が、好きなのか」

「え?」

「川は友達だって」

「ええ、あの、私、小さいころ友達とけんかして、泣いている私に父が言ったんです。

泣くんだったら川へ行けって。川は涙を流していってくれる。

広い海まで、ずっと流れていって、いつか、悲しみを消してくれるって。

それから、私、泣きたいときはいつも川へ行って、だから、川は友達なんです」

「…」

「川の話ばっかりで、つまんないですよね。…私ばっかり話してる」

「ボートに乗ってた」

「え?」

「学生のとき、ボート部だったんだ」

「へぇ」

「流したのは、涙じゃなくて、汗だったけどな」

「あ、あの、私だって、いつも泣いてたわけじゃありません。

そりゃあ、先生から見れば、弱くて頼りなくて、石倉さんのことだって宇佐美さんのことだって、

まだまだちゃんとはできていませんけど」

「自信持てばいい。いい看護婦じゃないか」

「…ありがとうございます」

 

 

「私、東京に来てからずっと思ってたんです。川の真ん中で、寝そべりたいって。

川に、こう、仰向けに寝て、空を見上げるあの感じが、すっごく好きで」

「ボートだったら、同じように感じることができるんじゃないか」

「乗せてくれるんですか」

「宇佐美繭子が、無事退院したら」

「約束ですよ」

 

 

 

包帯

 

 

「直江先生。宇佐美繭子への対応を、少し考えたほうがいいんじゃないですか」

「どういう意味でしょうか」 

「いくら極秘とはいえ、度が過ぎてませんか。

あんなに気紛れにナースコール鳴らされて、志村くん、完全に振り回されてる。違いますか」

「必死に働いてきた人間と、博打や酒で怠けてきた人間と、同じにはならないでしょう」

「え?」

「それぞれ、みあったやりかたがあるということでしょう」

「みあったって、宇佐美繭子だって入院患者のひとりだ。志村くんは、彼女だけのものではないでしょう」

「志村倫子は、自分の意思を持った看護婦です。振り回されてなんかいません」

「誰もが君のように強いとは限らないんじゃないか?」

 

   □   □   □

 

「あ、先生」

「どうした」

「足、ひねっちゃって…それで、湿布をと思って。…失礼します。…痛ぁ」

 

「昨日は、すいませんでした。ちょっと酔っ払っちゃったみたいで」

「特別室に、変わりはないか」

「痛み止めがないと、まだだいぶ痛むみたいです。泣いてました。悔しいって。その気持ち、わかる気がして。

パーティーには、行くことはできないんですよね」

「自分の意思で行くならしかたがない」

「…」

「ま、今夜は走り回るな」

「はい」

 

 

 

 

 

「川を見にきた」

「私も、私もです。

…ほんとは嫌なんです。嫌なんです、ほんとは。

もう、こんなことで泣く自分がだいっ嫌い。あたし、何やってるんだろうって。

何もできない自分が悔しい。悔しい…」

 

「川の音が聞こえる。こんな感じなのかな、ボートに乗ったら」

「もっと近くに感じる。川も、空も」

「乗れるといいな、ボート」